前回【PART.1】より引き続き千葉県検見川にある「梅の湯」さんをご紹介!
「梅の湯」さんは100年以上の歴史があり、現在の店主さんが昭和43年に買い取り、4代目として営業されています。
昔は海のすぐ近くにあり、その後4kmほど埋め立てられていき現在の内陸に位置する銭湯となりました。
昭和5年当時の地図がこちらです。場所が海辺!
その頃は漁業を営まれていた地元の方に利用されていたようです。
現在は埋め立て地に建ったマンションの住人の方なども利用されており地域の方に愛されている銭湯です。
そして【PART.1】の最後に触れましたが、店主さんの「東日本大震災」の復興への熱い想いが今回ご紹介する女湯に現れています。
それでは女湯を見ていきましょう。
まずは脱衣所です。こちらにも蓮の写真が飾られ、棚にはカップラーメンや様々なお風呂用品が並びます。
そして女湯にも露天風呂が完備。こちらも浴場から続いている造りではなく脱衣所を隔てた所にあります。
男湯では庭になっていた所ですね。
それでは浴場を見ていきましょう。
こちらも採光の採れた清潔感ある浴場ですね!
浴槽の配置や種類は男湯とシンメトリーになっており一緒です。
一見男湯以上に特徴的なものが無いように見受けられる女湯ですが…よく見てみましょう、壁のペンキ絵を…。
男湯の大鎚町の蓬莱島のペンキ絵も珍しかったのですが、こちらも見たことの無い風景。
それは震災時に話題になった陸前高田の「奇跡の一本松」が描かれていました。
東日本大震災の惨状に心を痛めた店主さんが、現状の銭湯業界だとお金を贈るということは厳しいけど、何か支援をやってやれないかということで、当時の記憶を忘れないように丸山さんに「奇跡の一本松」を描いてもらい、毎年のペンキ絵の更新時にも「奇跡の一本松」を描いてもらい続け、この絵で現在4代目となります。
被災地をただただ想う気持ちから生まれたこのペンキ絵ですが、いつしか人づてに話題として広がりたくさんのメディアに取り上げられることとなりました。
震災から5年が経ちましたが今なお毎年被災地に行っている店主さん。
その話題と活動から陸前高田の市長からお礼状を頂いたほどで、今も市長さんとは色々と交流があるそうです。
今回のインタビューの中でもほとんどを被災地のことを話されていました。
歴代の 「奇跡の一本松」のペンキ絵は写真で全て脱衣所内に飾られていますが、中でも初代のペンキ絵は逆光に現れる一本松でとてもかっこ良かったです!
毎年定期的に塗り替えられるペンキ絵ですが、丸山さん自身も気に入られ塗り替え時期を半年延ばしたほどでした。
そんなこともあり当時は特に被災者の方から電話でのお礼や、実際に被災された方がペンキ絵を見るために千葉まで来る、といったことがあったようです。
銭湯から、銭湯ならではの復興支援の形がここにありました。
ペンキ絵は「富士山」が描かれていることが多いのですが、たまに別の風景が描かれていることもあります。
一見似たような銭湯でも中の設備は全然違うというところがほとんどなので、その一端として「ペンキ絵の違いを各銭湯で楽しむ」、というのも入浴時のちょっとした楽しみになりますね。
店主さんの熱い想いから想わぬ話題を呼んだ千葉県検見川町の「梅の湯」さん。
滅多に見ることの無い「奇跡の一本松」のペンキ絵を見れるのはここだけ!
他にも椿、蓮の写真、露天風呂、泡風呂など特徴的な設備を是非ご堪能頂ければと思います。
以上、「梅の湯」さんでした!
銭湯とデザイン。社会事業会社「Tokyosento Inc.」代表取締役とデザイン会社「DSCL Inc.」取締役を兼任しています。 現在は新しく銭湯を中心としたコミュ二ティの活性化やソーシャルデザイン領域をやっています。
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