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銭湯、お風呂に関する執筆コラムを掲載。

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銭湯で働いたら「幸せな仕事のあり方」が見える? 小杉湯・ガースーさんが、今考えていること

東京都杉並区高円寺北3丁目32-2

番台に座る、ほがらかな姿。お客さんと談笑をするこの男性が、数ヶ月前まで外資系の広告代理店に勤めていたとは、誰が想像できるでしょう。

「ガースー」こと、菅原理之さん。高円寺の銭湯『小杉湯』で、CSO(Chief story teller)の肩書きと共に働いています。まったくの門外漢から、銭湯を仕事にした異色の経歴。彼はどのようにこの業界に飛び込み、どんなところに魅力を感じているのでしょうか。

正式に小杉湯で働き始めて1ヶ月ほど経った、ある日。ガースーさんを訪ねてみました。

 

イベントを通じて、やがて小杉湯の事業計画にもタッチ

──どんなきっかけで、小杉湯と出会ったのですか?

もともとはサウナが好きで、オンラインサロンの「サウナサロン」に入ったんです。そこに小杉湯で番頭をしている塩谷歩波も参加していて、ある時に「小杉湯でフィンランドサウナに関するイベントをやりたい」と話が出ました。当時の僕は広告代理店で働いていて、何かお手伝いをしたい、と声をかけたのが、小杉湯との関わり合いが生まれたスタートですね。


フィンランドが銭湯をジャック!? 『小杉湯』史上最大規模のイベント「夏至祭」に参戦してきた話

 
──でも、小杉湯、サウナはないですよね?

実は、日本とフィンランドは「公衆浴場」をめぐる環境が似ているんですよ。日本はすでに約96%の家庭に浴室があり、フィンランドも同じように各家庭にサウナを持っている。日本は銭湯に、フィンランドは公衆サウナへ行く意味が減ってきていて、どちらも今は公衆衛生からコミュニティのような機能に価値が移ってきている。それを取り上げるイベントでした。

 

──なるほど。かねてよりコミュニティの観点でも取り上げられる小杉湯さんでの開催理由がわかりました。

その後に、小杉湯が始めた「#銭湯再興プロジェクト」にも参加して、イベントを手伝う際に三代目の平松佑介と話す機会があって。そこで、初対面だけれど小杉湯の湯船につかりながら話をしてみたら、僕が想像していた「銭湯の人」とは全然違って驚きました。彼のコミュニティやビジネスについての眼差しに感銘を受けて、こんな銭湯もあるんだな、と。

以前から、コミュニティやソーシャルのあり方、その周辺に紐づくビジネスの最新トピックにも興味があったんです。僕は過去にブログを書いていて、それをきっかけに加わったブロガーコミュニティで、会社や仕事の繋がりではなく、一般的な友達でもない……ちょっと不思議な仲間みたいな関係性を、とても面白く感じた体験を持っていました。

「やりたいこと」や「志」をベースに繋がる関係って、一般的な社会の仕組みでは成り立ちづらいじゃないですか。コミュニティを起点にした人間関係が面白く、それがより良くなるためにはどうしたらいいのかを、僕も知りたかった。だから、銭湯というリアルな場で関係性を結んでいく発想は、とても興味をひかれました。

 

──「#銭湯再興プロジェクト」では関わり方も変えたのですか。

「#銭湯再興プロジェクト」で、より運営側として働くようになりました。会場が小杉湯になることが多く、銭湯運営の実状を目にすることも増えていったんです。その頃には「今後は小杉湯もいろんな人の力を借りてアップデートしたい」という考えで開かれる会議にも加わっていました。仕事終わりの時間や、休みの日を使って関わっていき、そのうち小杉湯の事業計画にまで携わらせてもらうようになりました。

今後も銭湯やサウナを仕事の一つにして、自分も経済的に安定するのかを見極めようと思い、実際に小杉湯の運営にもタッチしてみることにしました。小杉湯には、86年間も積み上げてきた銭湯としての「経済基盤」と「サービス基盤」があったのも決め手です。一定の来店客がいて、地域とも馴染んでいるコミュニティがあるのは、安定要素だったんですね。

 

「誰かに感謝され、誰かのためになる仕事」が魅力

──いよいよ、銭湯で仕事をする気持ちが固まったわけですね。実際に働いてみて、どのような良さを感じましたか。

小杉湯で仕事を始め、番台に出たりもして、1ヶ月くらいが経ちました。

あぁ、この仕事はお客さんの反応がダイレクトに分かることが魅力だなぁ、と感じています。きれいに掃除していたら「気持ちが良かった」と言ってもらえ、逆に抜けたところがあれば直接ご意見をいただくこともあります。SNSでもコメントは伝わってきますね。

身近に見える人たちに自分の仕事が届くと、「誰のために仕事をしているのか」が、すごくわかりやすいです。番台に立っていると、帰り際に「ありがとう」と声をかけられることもあります。日常の中で、自分がお金を払う側で「ありがとう」と口にする機会が、それほどないことにも気づきました。こんなふうに言ってもらえる職業はいいものだなぁ、と。

今は選択肢が色々あるし、特別な事情がない限りは、何かしらの働き口は見つけられる時代です。でも、この時代に何をするかを考えると、僕は「誰かに感謝され、誰かのためになる仕事」がしたいと、あらためて思えたんですよね。

 

──あらためて、という言葉を受けると、以前からそのように考えていたのですか?

……実はここ3年くらい、広告代理店での仕事をしっかり果たしながらも、心のどこかで「楽しさ」を求める自分がいて、ずっともやもやしていたんです。

それで一時期、色んな人に話を聞いてみました。銭湯やサウナの繋がりで知った「楽しく働いている」ように見える人、二拠点生活で新しい働き方を試みる人、自分でコミュニティを持っている人……彼らに共通していたのは、「ありたい未来への思い」が前提にありながらも、現在の自分にしっかりフォーカスして、暮らし方や生き方を選んでいたことです。

未来を考えてばかりいて、今を犠牲にしてしまうと、僕はやっぱり幸せじゃないと思うんです。博報堂出身のプランナーである高橋宣行さんが、著書で「想像力は夢見る力、創造力は夢を実現する力」といったことを書いていました。僕はすごく良い言葉だと思います。

みんな、何となく「あれをやりたい、これをしたい」とは思っていたりするけれど、「どういうふうにやるか」まで合わせて考えて実行すると、夢が形になっていく。僕も銭湯やサウナを自分の仕事の一つとして「やりたい」と思っていたので、そのためにはどうすべきかを考えて、今の働き方につなげていったんですね。

 

新しい「暮らしづくり」へチャレンジ

──現在は小杉湯でCSOを担当されています。どういった仕事ですか。

今の肩書きこそCSOですが、実際は「何とかするマン」なんですよ(笑)。バイトのシフトを組み、人事も経理もこなし、企画も考え、企業からの浴場レンタル依頼の窓口もやって。いわゆる会社としての運営業務が8割で、残りの2割でオフィスの整理整頓や、電動ドライバーでロッカーの丁番を直したり……。

とはいえ、それもCSOの仕事として大切なことです。小杉湯を今後100年続けていくにはどうすべきかを考え、お客さまからも見える部分を整えるのと、自分たちが公言している未来に向かって実現させていくのと、しっかり言行一致させていかなければなりませんから。

▲「実は、地味〜な仕事が多いんですよ」と、ガースーさん

──具体的に、どういった「行動」でしょうか。

単純に「銭湯の良さ」だけを見るなら、小杉湯はお客さまからもお褒めいただくことが多いので、初代から続く「きれいで気持ちいいお風呂を作る」を守り続けていこうと思っています。お客さまの足元に画鋲が落ちないように、脱衣所に貼り付けるものは全て両面テープにする、といった小さなことも含めてです。

毎日気づいたことを、ちょっとずつ直して、アップデートしていくんですね。「行動を阻害されない」というのが、使う上での気持ちよさに直結すると思っていますから。

 

──100年続けていくために、描いているビジョンはありますか?

僕らとしては、新しい「暮らしづくり」を始めていきたいと考えています。たとえば、銭湯の価値を「公衆衛生」から「街づくり」へシフトできないか。そんなことを、小杉湯のあり方を通じてチャレンジしたいです。言わば「価値づくり」で、今ある良さを広めていくこととは異なるアプローチです。

それは僕自身にとっても、チャレンジです。広告代理店での主な仕事は、新しい価値を作り出すよりも、見えていなかった価値に気づかせたり、それを広めたりすることだからです。

 

銭湯に携わるなら、まずは人間関係を築くことから

──「東京銭湯」を訪れる人を始め、若い世代でも銭湯に携わる仕事をしたい、と声にする人も増えてきたように感じます。外側から関わり始めたガースーさんから、彼らへアドバイスをするとしたら?

小杉湯は会社化して3期目といえど、「家業」には変わりません。家族のように二人三脚で取り組まないとわからないこともあれば、感情的な問題も含めて手を出せない面もある。それも実感として得てきました。ただ、それゆえに、銭湯に関わろうとするなら、外部からコンサルタント的にアドバイスして何かを変えるのは、難しいのではないかと思っています。

銭湯に携わりたいのなら、まずは人間関係を築くしかないですね。その上で汗をかいて働き、信頼をしてもらうしかない。銭湯の経営者はご高齢の方も多いですし、長年ご自身で続けられてきている自負もあると思いますから。

あとは、「銭湯にどこまで深く関わりたいか」によって、覚悟を決めないといけないでしょうね。ひとえに「銭湯」と言っても、さまざまなニーズがあって、状況もまちまち。イベント的に一時を盛り上げていきたいのか、跡継ぎになるくらいにコミットしたいのかも、関わる銭湯によって向き不向きがあるはず。自分の覚悟に合う場所を見つけるのも大事です。

……とはいえ、考えすぎてもしょうがないです。「今後の関わり方は、やってみながら考える」でもいい。小杉湯でアルバイトしている人も、ほとんどが元々お客さんなんです。通っているうちに人間関係ができて、相性が良さそうな子を引っ張りこんだりするので(笑)。だから、まずは自分が好きな銭湯に、とことん通ってみてもいいんじゃないでしょうか!

 

家業を事業へ!100年先まで残るお手伝いを

──不躾な言い方ですが……銭湯の仕事だけでも、食べていけますか?

どの程度の暮らしを望むかにもよりますが、現在の僕の働き方としては、小杉湯は週に3日から4日で通って、残りの時間はフリーランスとしての仕事をしています。小杉湯の仕事で自分の生活を成り立たせながら、やりたい仕事を続けているような組み合わせですね。

それから、前職のつながりで広告関連の仕事をしたり、サウナを持つ温浴施設さんのイベント企画などもしています。

実はいま、港町で有名な千葉県勝浦市に唯一残っている銭湯で、100年以上続いている「松の湯」にも関わりを始めているんです。きっかけは、移動しながら仕事をして、到着先の地域でも仕事をする企画の「コワーキングバス」に参加したことです。

到着先の勝浦にあるコワーキングスペースで仕事をしながら、地場産業の悩みなどを聞く交流会が開かれました。その時のお題が『松の湯』だったんです。港町の銭湯は、漁師たちの利用を見込んでいます。ただ、今は日本人の漁師が減っていて、外国から来た方が働き手として増えています。彼らはシャワー文化なので、銭湯に来る人も減ってしまっているんですね。

市役所の人や、『松の湯』の女将さんとも話すうちに、「僕にもやれることがあるかもしれないし、やりたい」という気持ちが湧いて、すでに数回は勝浦へ足を運んで、食事をご一緒したりしているんです。市議会議員の方、地元の住職さん、勝浦にある大学を卒業して居着いている若者など、松の湯に対しての「やりたい」の輪が少しずつ広がっているところです。

 

──今後、ご自身の仕事を、どのように発展させていきたいですか。

僕はフリーランスとしては“SUNDAY FUNDAY”という屋号を掲げ、「家業を事業へ!」をモットーに支援活動をしています。

たとえば、優れたものづくりに、ビジネスの仕組みをかけ合わせる。それによって、もっと良いものを必要な人へ届けられたり、家族が必死に取り組んでいることが楽になったりする。そうやって、この先も100年残るものをつくるお手伝いをしていければと思っています。

AUTHOR

長谷川賢人

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働き方副業小杉湯銭湯
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