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銭湯、お風呂に関する執筆コラムを掲載。

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「正しく商売すれば、お客さんは来る。その成功例を自らが創り、実践する。」府中『桜湯』を引き継いだ佐伯さんインタビュー

〒183-0023 東京都府中市宮町1-23-3

撮影:Masafumi Nakanishi


 

2020年1月27日16時。京王線府中駅南口の『府中湯楽館 桜湯』が、約2年半ぶりにリニューアルオープンしました

当日は降り出した雨が夕方から雪に変わる、あいにくの天気でしたが「むしろこんな日こそお風呂で温まりたい」と再開を待ち望んでいた多くの人が訪れました。

『桜湯』のある東京都府中市は、新宿まで特急で21分という便利なアクセスや、公園が多く緑豊かな環境が人気で、駅周辺は再開発が進行し次々と分譲マンションが建ち並んでいます。その一角、1995年に再開発で誕生したマンションの1階にある『桜湯』は、マンションや飲食店が並ぶ通りにあり、いつも地元の人達で賑わっていました。

しかし2017年の夏、前オーナーが病に倒れ休業。そして1年以上開くことはなく、常連や銭湯好きを悲しませました。

ここ府中市でも公衆浴場は減少の一途をたどっています。1970年代には19もの銭湯が営業していましたが、2017年時点では5軒のみに。そのうちの1軒の火が消えてしまったのです。

そして休業から1年以上が経ち、もはや『桜湯』の存在が忘れられてきた2019年の10月。かつて『桜湯』だった建物で、職人さんが出入りし、工事をしている姿が見られました。

「何か新しい店舗が入るのだろうか?」そう思った町の人もいましたが、なかでは『桜湯』のリニューアル工事が行われていました。

銭湯の灯を消したくない”と、再建に立ち上がった人がいたのです。

東京都公衆浴場業生活衛生同業組合の常務理事で、立川の銭湯『立川湯屋敷 梅の湯』三代目ご主人の佐伯雅斗(さえきまさとし)さんです。

『桜湯』の再建を引き受け、営業再開に向けて改装工事を進めていました。

 

家業の銭湯を継いで『立川湯屋敷 梅の湯』を多くのメディアに登場する有名店に

佐伯さんは昭和43年生まれの52歳。

昭和15年創業の歴史ある銭湯を営む家庭に生まれ育ち、いったんは一般の企業に就職しサラリーマン経験を積みました。そして1995年、実家の『梅の湯』の仕事へ。

その頃、最盛期に20を数えた立川市の銭湯は、12店舗にまで減っていました。その後も周りの銭湯が廃業していく中、2005年4月には新築建て替えを敢行。融資をする金融機関の担当者は「銭湯だけでは先が見えない。それよりもマンションにして家賃収入を」と計画を見直すように言ってきましたが、佐伯さんは「風呂屋は風呂で勝負をする」といって建物をすべて銭湯にし、賃貸住宅スペースを設けませんでした。

1年間の休業を経てリニューアルオープンしたとき、立川市の銭湯は5軒しか残っていませんでした。そんな時代ながら、多額の借金をして建て替えを行いました。

 

目指したのは「お客さんが居心地よく、長く滞在してくれる空間に」。

新しく建て替えた『立川湯屋敷 梅の湯』は、そのような想いが詰まっています。

佐伯さんは「湯上がりの時間こそを楽しんでいただきたい。どうぞ長居してください」と、顧客目線で様々なサービスを提供しました。“銭湯が気持ちの良い入浴を提供する”のは当たり前。その他の付加価値として大量のマンガ、かき氷や生ビールなどの飲食物、レトロなテーブルゲームなど、様々な年代のお客さんが楽しく過ごせる「時間と空間」を提供したのです。

広い休憩室を設け、壁一面に本棚を設えました。そこには、自らが趣味で集めていたたくさんのマンガを並べました。まるでマンガ喫茶のような店内は話題になり、クチコミでお客さんが増えるとコミックも増え、現在は約1万2000冊以上もあるといいます。

そんな工夫が奏功し『立川湯屋敷 梅の湯』は、近隣のみならず遠方からもお客さんが来てくれるようになり、TVなどメディアで取り上げられることも増え経営は安定しました。

「どうにかうちの銭湯はよくなった。であればもっと他の銭湯のためにも仕事をしたい」

浴場組合の理事として「日本の銭湯を減らしたくない」。そう思っていた佐伯さんは2018年の終わりに『桜湯』の再建を託されます。

 

予想外のトラブル続きだった『桜湯』の再建


マンションが建ち並び周辺人口が多く、交通アクセスの良い府中駅前という立地の良さは魅力的。
建物は1995年築ということで、それほど古くはない。勝算は十分にある。

さて、設備の具合はどんなものだろう。そう思ってシャッターを開けると、玄関には風で舞い込んだ大量の枯れ草や枯れ葉が溜まっており、長く締め切られていた屋内にはカビが発生していました。

さらに洗濯機などの電化製品は、内部が錆びて動かなくなっており、換気扇やバーナー、配管などあちこちにガタが来てしまっていました。

前オーナーは亡くなっているので引き継ぎも受けられません。どこがよくて何が悪いのか? をひとつひとつチェックしていくと予想以上に老朽化が進んでおり、一度火を止めた銭湯を再生させるためには予想以上に設備投資が必要でした。しかしこの苦難にも佐伯さんは「むしろ燃えてきた」と笑いとばしたそうです。

また、銭湯として営業するためだけでなく『梅の湯』同様お客さんが「風呂以外にも楽しめる居心地のよい空間」にするためにも、大掛かりな内装工事が必要でした。

 

玄関から休憩所、脱衣所の動線を見直し『梅の湯』同様にお客さんが寛げる空間を創りました。
金魚や桜が描かれた新しいロッカー、壁面には液晶TVを設置。休憩所の壁には本棚を置きたくさんのコミックを並べました。

 

分煙が求められる昨今、脱衣所や休憩所は完全禁煙が当然です。しかし、屋内から灰皿を撤去すると喫煙者は玄関先で風呂上がりの一服を楽しむことでしょう。
それはそれでご近所への配慮が必要であり、またせっかくお風呂上がりに気持ちよく帰るお客さんが煙たい思いをすることになる。
そう思って灰皿と椅子、マンガ本棚を設えた喫煙室も設置しました。

結局、再営業までに1,500万円を超えるお金が必要でした。当初予定より工事は時間がかかり、ようやくリニューアルオープンの日を発表することができたのは2020年1月10日のことでした。

 

遊び心が詰まった銭湯にリニューアルオープン


新装した『府中湯楽館 桜湯』はついにオープンの日を迎えました。「大正ロマン」をコンセプトとしたリニューアルは、幅広い世代に受け入れられるデザインとなりました。

玄関には赤いボンベポスト。桜の花が描かれた暖簾をくぐり中に入ると、券売機がありカウンターで下駄箱の鍵を渡すスタイル。

 

脱衣所には男女それぞれ壁紙の色が異なり、ロッカーに描かれた「金魚」「桜」の絵がとても綺麗です。

 

「浴場は徹底的にクリーニングをして天井を塗り直しただけ」とのことで、旧『桜湯』から大きく変わってはいません。

 

もともとあるジェットバスや座湯、サウナや水風呂は十分にお客さんを喜ばせることができます。

 

さらに、無料で使えるボディーソープとシャンプーを置き、桶や椅子はすべて新しいものに。オープン後も休憩用の椅子や脱衣室に自動販売機を設置するなど、お客さんの利便性を良くするために、細かなアップデートを重ねています。

 

そして湯上がりの時間を楽しめるようにと、コミックがぎっしりと詰まった本棚に囲まれた休憩スペースにはテーブルを4セット。

 

このスペースはまだ出てこない連れを待つために、仕方なく時間を潰す場所ではなく、瓶コーラやクラフトビールで喉の渇きを癒やしながら寛ぐ、湯上がりの時間を楽しむスペースです。
思ったとおり、お風呂を出てもすぐには帰らず、いったんは休憩スペースで一休みしてTVを眺めたり、ジュースを飲む方が多いようです。

かといって、立川ほどの広さはないため、そこまでゆったりとくつろぐことはできないかもしれません。

しかし佐伯さんは、これからも『桜湯』をどのように変えていくか、色々と思い描いていることがあるといいます。

 

銭湯の未来を思う

日本全国では10日に1件のペースで廃業しています」と佐伯さん。この数字を見れば、明らかに銭湯は斜陽産業です。だからこそ、銭湯ひとつひとつの立地や広さ、特徴によって個性を光らせることが必要だといいます。

1960年代、各家庭に風呂が無かった頃は、銭湯は社会のインフラでした。誰もが自宅や仕事場近くの銭湯に通いました。銭湯からすれば、何もしなくてもお客さんは来てくれました。

しかし、各世帯にお風呂が普及するにつれて、客数は大きく減少します。何もしなかった銭湯は淘汰され、全国の街からどんどん消えていきました。

時代の変化で淘汰される商品やサービスは少なくありません。例えば約30年前に音楽再生はアナログレコードからCDへと急速に移行しました。しかし現在はネット配信が主流です。CDは全盛期から20年で半分以下まで販売数を減らしています。より「便利」で「快適」な技術の進化で、淘汰されつつあります。

銭湯も同じく、消えゆく存在なのでしょうか。

ほとんどの住まいには浴室やシャワーがありますので、身体の汚れを落とすだけなら自宅で十分です。

 

しかし、親子で話をしながら身体を洗ったり、足を伸ばしてゆったりとつかれる広い浴槽や、最近ブームとなっているサウナや水風呂を楽しめる設備は自宅にはありません(よほどの大金持ちでない限りは)。一般的な浴室は1坪以下がほとんどです。

家のお風呂と銭湯とでは、お湯に浸かり体や頭を洗うという行為は共通しますが、体験できることは全く違います。

知らない人同士が裸で、ゆずりあって施設を利用する。顔なじみと世間話をしたり、親子一緒に入浴して会話をするなど、コミュニケーションを生み出す場です。

 

音楽に話を戻ると、CDや配信を含めた音楽ソフトの売上は、この10年をとっても減少傾向が続いていますが、ライブやコンサート、フェスを含めた音楽ライブ市場は、大幅に売上を増やしています。自宅での音楽鑑賞よりも外でみんなで楽しむスタイルは、伸びているのです。

音楽もお風呂も「モノ消費からコト消費」へ。

やや強引ながらこれは、ライフスタイルが「家でひとりで楽しむ」という形から「外でみんなで楽しむ」という変化の表れかもしれません。

家には風呂はあるけれど、月に何度かは家族や友達と銭湯に行きたい。手頃な予算で余暇を楽しめる銭湯は、まさに最適です。

 

銭湯それぞれの個性を伸ばせば、お客さんは来てくれる

佐伯さんは家業の銭湯を発展させ、そして今『桜湯』の再建に挑戦しています。

「銭湯という商売の面白いところは、お客さんが1日に50人しか来なくても、200人来てくれたとしても、経費はほとんど変わりません。掃除をして、お湯を沸かし、接客するだけです。だから、たくさんのお客さんに来てもらえれば、ちゃんと儲かるようになる。そんなに難しいことではありませんが、放っておいてもお客さんが来てくれた時代のままではダメですよね」。

さらに「後継者がいなくて廃業する銭湯が多いけど、儲かっていたら手を挙げる人がたくさん出てきます」。
もちろん、自身がサラリーマンをやめ実家の銭湯を継いだのも、将来に渡って「これで食っていける」という可能性を信じていたからでしょう。

佐伯さんの行動や発言は、銭湯経営に興味がある人や銭湯好きの若者に向けてのメッセージになっています。

かつてのように、商圏人口が何人いたらやっていける。そんな時代ではありません。佐伯さんは「毎日来てくれる常連さんはありがたいけど、毎月1回でも2回でも来てくれる人を増やしたい。それがこれからの銭湯には必要だと思います」といいます。

かつてのように生活のためのインフラではなく、余暇を楽しむための空間となった銭湯には、そんな「遊びに来てくれるお客さん」を増やすことが重要なのです。それを理解して行動できるのは、柔軟な思考やSNSなどで広く外の世界と繋がれる人たちのはず。

地域に根づき、しかしもっと広く世界とつながっている。

佐伯さんはこれからも“必要とされる銭湯の姿”を追い続けていくことでしょう。

AUTHOR

井上健

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